『ホーム』書影

『ホーム』集英社

デビュー作『8年』の実に19年ぶりの続編。オリンピック野球アメリカ代表の監督が、元日本人大リーガーの藤原雄大に任された。日米二重国籍を持ち、どちらの代表に入るか悩む若き天才バッターの苦悩とともに、金メダルを目指す米チームを描く。

第一部 決意

 あなたは、二〇〇〇年九月二十七日を覚えているだろうか。

 この日は、アメリカのオリンピック史に新たな金メダルが加わった日である──しかも野球という極めて重要な競技で。

 しかしオリンピックにおいて、野球は常に不安定な立場にあった。一九八四年ロサンゼルス、一九八八年ソウルと二大会での公開競技を経て正式競技になったのは、一九九二年のバルセロナ大会だった。以降、五大会にわたってアメリカ代表は私たちをエキサイトさせてくれたが、二〇〇八年の北京オリンピックを最後に、野球は正式競技から外れている。

 こんなふざけた話があろうか。

 野球はアメリカで生まれた、アメリカを象徴するスポーツである。同じくアメリカ生まれのバスケットボール、バレーボールがオリンピック競技として世界中で親しまれているのに、野球だけが排除されているのは理不尽としか言いようがない。

 野球がオリンピック競技から外されることが決まった日、私はこのコラムを黒枠で囲んだ。それはある意味、野球が死んだ日だったからだ。

 しかし関係者の尽力で復活ののろしは上がった。野球は東京で蘇る。

 我らがアメリカ代表にとって大事なのは、ここで必ず勝つことである。しかも美しく、華麗に、力強く、感動的に。野球は、世界中の人々が熱中するオリンピックに相応しいスポーツであることを、猛烈にアピールしなければならない。

 幸い我々は、勝つために最高の監督を得た。野球生活五十年、大リーグだけでなく国際大会での指揮経験も豊富なアンドリュー・ムーアが、若きアメリカ代表を率いる。彼に任せておけば、選手たちは最高のパフォーマンスを発揮するだろう。

 そこで一つ、提案だ。

 私は、オリンピック取材のために東京へ飛ぶ予定である。本コラムの読者諸氏も、ぜひ東京へ向かって欲しい。選手たちには声援が必要なのだ。我々の声援が、東京という絶対的アウェーの環境をホームゲームに変えるだろう。

 アメリカの野球は強くあらねばならない。

 そのために絶対必要な最後のパーツが、我々の応援の力なのだ。

1

 カリフォルニア州バークリー。

 藤原雄大にも馴染みのこの街は、全米屈指のリベラルタウンとして有名だ。その象徴とも言えるのが、カリフォルニア大学バークリー校である。一九六〇年代、学生運動の拠点になった時代の空気と学生気質は今に受け継がれている──という話をだいぶ前に聞いたことがあったが、藤原自身は、そういう気配を感じたことはほとんどない。選挙になると、アメリカの民家の前には候補者のプラカードが立つのが常だが、民主党候補ばかりなのを見て「そんなものか」と思う程度だった。

 大学に足を踏み入れればリベラルな空気を感じられるかもしれないが、この街における藤原の仕事場は、そこからはだいぶ離れた「バークリー・フィールド」である。

 ニューヨーク・フリーバーズ傘下のトリプルA、バークリー・フリーバーズの本拠地であるこの球場は、十年前にオープンした。収容人数一万人。こぢんまりとした、いかにもマイナーチームの本拠地らしい球場で、藤原のお気に入りだった。ニューヨーク・フリーバーズの本拠地である「スプリント・スタジアム」──旧リバーサイド・スタジアム──は、収容人数五万人の大球場だが、あそことはまた違うのんびりした空気感が楽しい。大接戦になってもさほどピリピリしないのは、やはりマイナー特有の気楽さ故だろう。しかし野球の原点はこういう雰囲気ではないかと、藤原はここへ来る度に感じる。所詮は遊びから生まれたスポーツなのだから。

 今はデーゲームのプレーボール前で、芝に水が撒かれている最中だった。散水機の水が細かい霧になり、あちこちに小さな虹ができている。後ろ手を組んだまま、藤原は外野をぶらぶら歩き続けた。

 球場周辺は、小さな工場が集まったごみごみした雰囲気で、「大学街」の印象とは程遠い。どちらかというと、「全米最悪の治安」とも言われる隣町のオークランドのミニチュア版というところだ。しかし、球場の中は別世界である。試合前の球場は、世界のどこよりも美しい。

 選手たちは、三々五々ダグアウトに集まって来ている。これからウォームアップ、そして二時間後にはプレーボール……フリーバーズは現在、パシフィック・コーストリーグのパシフィックカンファレンスで二位につけている。一方「親」チームのニューヨーク・フリーバーズは、ナショナルリーグ東地区の五位。ある意味、定位置だ。

 それを考えると、つい苦笑いしてしまう。チーム創設から二十年、フリーバーズは何度も揺れてきた。初代オーナーのスキャンダル、経営陣の度重なる交代── 一時は大リーグ機構の管理下にも置かれるほど、経営は不安定だった。変わらないのは負け犬根性だけ。二十年間で、プレーオフ進出は一度もない。唯一のチャンスは藤原が引退した年だった。レギュラーシーズン終了時に東地区で同率首位に立ち、ワンゲームプレーオフに進んだのだが、思い出したくもない試合である。あの試合で打たれ、藤原は引退を決意したのだった。

 アップシューズの靴底を通して、サクサクとした芝の感触が伝わってくる。今はこれに慣れているが、時々、土がむき出しだった高校時代のグラウンドをふいに思い出すことがある。夏、水を撒いた後に立ち上る湿った土の匂い……昔はあれが「野球の匂い」だと思っていたのだが、今は違う。濡れた芝と土だったら、圧倒的に芝の方が「野球」だ。

「ヘイ」

 声をかけられたのは、内野の方へ戻って来た時だった。ホームチームのダグアウトがある一塁側──ダグアウトのすぐ上の観客席に、見慣れた顔がいる。思わず頰が緩んでしまったが、すぐに表情を引き締めた。

 何かあったに違いない──それがいいことか悪いことかは分からないが。

 アレックス・ヘルナンデス。藤原の人生を変えた男。

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